失楽園の後、エデンの園は閉ざされてしまった。
何者も入れぬよう。
蛇が女に近付き、善悪の知識の樹の実を食べるよう唆す。
女はその実を食べた後、アダムにもそれを勧めた。
実を食べた二人は目が開けて自分達が裸であることに気付き、それを恥じてイチジクの葉で腰を覆った。
善悪の知識の樹の実を食べたアダムと女はエデンの東に追放されてしまった。
生命の樹に至る道には智天使ケルビムと炎の剣が置かれ、何人も立ち入ることは叶わなくなった。
アダムは女にイブ(エバ)という名を与え、多くの子を残した。
カインとアベル。
アダムとイブの長男と次男であり、様々な物語のモチーフにされた兄弟。
カインは長じて農耕を行い、アベルは羊を放牧するようになった。
ある日二人は各々の収穫物をヤハウェに捧げる。
カインは収穫物を、アベルは肥えた羊の初子を捧げたが、ヤハウェはアベルの供物に目を留めカインの供物は無視した。
嫉妬にかられたカインはその後、野原にアベルを誘い殺害する。人間が犯した殺害の原初である。
ヤハウェにアベルの行方を問われたカインは「知りません。私は弟の監視者なのですか?」と答えた。これが人間のついた最初の嘘になった。
しかし、大地に流されたアベルの血はヤハウェに向かって彼の死を訴えた。
カインはこの罪により、エデンの東にあるノドの地に追放されたという。
心理学者ユングによれば、兄弟の関係において差別的に親の愛情を受けた場合、それによって苦しんだ原体験は、兄弟以外の関係にも投影されてゆきます。
このコンプレックスを負う者は、親の愛を巡る葛藤の相手となった兄弟と同じ世代の周囲の人間に対して憎悪を抱くこともあるのです。
一般的には、兄弟間の心の葛藤、兄弟・姉妹間で抱く競争心や嫉妬心のことをさし、
これをユングは神話を基に「カインコンプレックス」と名づけました。
矯正治療をするとき、不揃いに並んだ歯列を見る度、隣の歯が萌出できないよう生えた歯牙を見るにつけ、全ての歯達にカインコンプレックスを感じてしまうのは職業病でしょうか?
美容室MのA君の歯牙腫はカイン。
カインの傍らには殺された弟のアベルが横たわっていました。
アベル恨みは根深く、悪いものになってしまいました。
アベルの血は地中深く滲みわたり、
含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)になっています。
さあ手術です。
カインをエデンの東にあるノドの地へ追放した後、アベルを葬送しなくてはなりません。
歯茎を開いて、骨を削り、アべルの頭を出しました。
もっと見えるよう、エデンの東の大地を削ります。
アべルの頭を分割して取り出してから、胴体と足を取り出します。
次の日です。
腫れも強い痛みもなく、麻痺も出ませんでした。
二週間後です。
きれいに治りました。
続いてF君の埋伏歯です。
これも含歯性嚢胞になっています。
医科大学で一週間の入院手術との診断を受けたそうです。
以前のブログにも書いたように、顎の骨の中には太い神経と血管が走っています。
下歯槽神経といいます。
脳の方からここに入り込みます。
この神経と血管の出口が5番目と四番目の歯の根の先からほっぺた側に開いた骨の穴を通って出てゆきます。
オトガイ孔といいます。
この神経は知覚神経で、ほっぺた、唇、歯茎の感覚を司っています。
神経を損傷すると、痛い、あつい、つめたい、触られている、といった感覚がこの部位では感じることが出来なくなってしまいます。
F君にはどうしても入院に耐えられない事情があり、当院で日帰り手術を希望されていました。
うーん・・オペです。
オトガイ孔と神経を見えるように慎重に歯茎を開けてゆきます。
オトガイ孔移動術によって神経損傷の可能性をまず低くします。
骨を削り、含歯性嚢胞を出してゆきます。
嚢胞の上部をとると中から埋伏歯が出てきます。
歯の頭を落とします。
その隙間から残った歯の根を除去していきます。
止血して縫いましょう。
次の日です。
腫れも、痛みも、麻痺も出ませんでした。
これは幸運としか言いようがありません。
二週間後です。
本当にこの手術は幸運が重なりました。
F君、よかったね。
またいずれ埋伏歯の抜歯についてもっと詳しくブログでかきます。
病に悩む誰かの役に立つことを願って。
エデンの東、そこから僕らは広がった。
アダムの犯した罪を引き継ぎながら。
人が皆、アダムの犯した原罪を持っているのだとしたら、
僕は蛇になりたい。
イブを唆した罪によって足を奪われ、地を這って生きることを命ぜられはしたけれど。
蛇は生命の樹の実を食べ、永遠に生きるのです。
病からも解放され、死さえ克服して。
アダムの原罪を受け継ぐ僕らは病に伏せり、自分だけは死なないという妄想に憑りつかれ、いずれ亡くなってゆくのです。
失楽園の後、
僕は永遠の命以上に、
蛇が脱皮の度、大きく成長するのが羨ましいのです。