体に悪そうなスナックをつまみに、友人と発泡酒を飲んでいた。
ふいに友人がパンチドランカーについて僕にたずねた。
パンチドランカーはボクサーや挌闘家がなる脳障害のことで、打撃を脳に受け続けることによって記憶力や理解力が低下してしまう。
脳機能はもとに戻ることは無い。
アメリカンフットボールの選手が脳震盪を起こした後、どの程度、記憶力や計算力の低下が起こり、それがいつまで持続し、どのように脳にダメージが蓄積されるのかを研究した論文を読んだことがあった。
それをナッツと一緒に噛み砕いて説明した。
またその友人に子供を通わせるならどこの塾がいいのかを熱心に聞かれた。
僕が塾の講師や家庭教師のバイトをしていたのはもうだいぶ昔の話で、正直判らない。
僕は彼の脈絡のない質問を不思議に思っていた。
酔った彼が笑いながらポツリとつぶやいた。
「今日、会社を辞めさせられる」。
以前彼は社長だった。
でも、脳梗塞を起こし、会社をたたんだ。
その後、別の会社に就職したけれど二度目の脳梗塞を起こしそうな状態らしい。
そのことを会社に報告した結果、今日から彼は無職になる。
僕の母は心臓病で、心臓発作をたまに起こす母親を見て僕は育った。
だからなんとなく、心臓を患う人の辛さは想像がつく。
けれど、脳梗塞の辛さや、人生がどう変わってしまうかは今日まであまり考えたことが無かった。
今度は僕が質問をした。
脳梗塞になって何が一番辛かったのか、どう生活に変化があったのかを。
いろいろ教えてくれた。包み隠さずに。
何より辛かったのは、会社の取引相手の言っていることが理解できず、自分の伝えたいことが言葉にできないことだった。
社長として致命的だ。
けれど、酔った彼の心配事は、あくまでも子供の教育についてだった。
部活と塾と習い事をどう両立させていくかとか・・・。
彼は驚くほど子煩悩だ。
それは彼のとても複雑な生い立ちによるものなんだ。
悲壮感は無い。
ただ凛とした父親で。
アイスコーヒーで酔いを醒ました後、また一緒にスポーツをしようと約束をして別れた。
彼は今日、無職になる。
僕は彼に残されているはずの175200時間が、
とうとうと よどみなく流れることを願って背中を見送る。